【EGYPTIAN FLAX FIBER】
ー 月光の織物 ー
紀元前5000年頃、エジプトにはすでにフラックスからリネン糸を紡ぐ技術が存在したと推定されています。
リネンは古代エジプトの文明とともに発展し、王族の体を飾り、神事に用いられ、庶民の日常の暮らしに広く利用されていました。
古代エジプトの人々はこの美しい光沢を宿した生地を讃え、”WOVEN MOONLIGHT” ( 月光の織物 )と呼んで、珍重したといわれています。
以来数千年、悠久の時間を経て、現在もなおエジプトではフラックスが栽培されています。
エジプトのフラックスファイバーを特徴づけているのは、何よりその色です。
ヨーロッパ産フラックスのグレーがかったカラーとは全く異なるシャンパンのような明るい金色。見たこともないキナリ色です。
エジプトのフラックスは一体なぜこのような色をしているのでしょうか。
ー 黄金のリネン ー
フラックスという植物は、外皮の内側、靭皮という部分に繊維を形成します。
畑に生えている状態では、繊維はペクチンという天然の糊成分と柔組織で包まれています。
植物の中から繊維を取り出すためには、ひと手間かける必要があります。水分でペクチンと組織を発酵させて融解し、繊維を取り出しやすくするのです。この工程をレッティング(Retting)といいます。
ヨーロッパでは収穫の時期がくると、大きなトラクターを走らせてフラックスを土から引き抜き、畑の上に一列に寝かせて野晒しにします。
期間にしておよそ3週間。
時折降る雨や夜露がフラックスに水分を与えると、自然に発酵が進んでいきます。この方法をデューレッティング(Dew Retting)と呼びます。
ヨーロッパのレッティング風景(ノルマンディー地方)
一方エジプトではどうでしょうか。
エジプトは国土の95%を砂漠に覆われた国です。気候は乾燥していて、雨はすぐに降りそうにありません。降雨を期待できないエジプトでは、ヨーロッパとは全く違う手法でレッティングが行われています。
地面を掘り下げて作ったプールに、フラックスを敷き詰めます。浮かないように念入りに石で重しを載せてから、水門を開けて、ナイル河から引いてきた水を流し込みます。水はプールを満たし、フラックスは水中に沈んで、発酵が始まります。
この手法をウォーターレッティング(Water Retting)といいます。
エジプトのレッティング風景(タンタ近郊) PHOTO BY SEMATEX
ヨーロッパで行われているデューレッティングでは、土壌中のバクテリアの影響を受けて、繊維の色が黒っぽく変化します。ヨーロッパ産フラックスのキナリがグレーなのは、デューレッティングで作られていることが影響しています。
対して水中で発酵が進むエジプトのウォーターレッティングではフラックス繊維は変色を起こしません。本来のカラーである金色のまま取り出されるのです。
左側:ヨーロッパ産フラックス 右側:エジプト産フラックス
リネンは本来金色だったのです。
ウォーターレッティングはヨーロッパでもかつて一般的に行われていた方法です。当時はヨーロッパのリネンも金色でした。
ドビュッシーが名曲「亜麻色の髪の乙女」で表現したのは、グレーカラーではなく、輝くような金髪の女性だったはずです。
時代を経て、手間や排水の問題もあり、ヨーロッパではウォーターレッティングは次第に廃れて、デューレッティングが主流になりました。
現在、ウォーターレッティングによって大規模にフラックスファイバーを生産しているのは、地球上で唯一エジプトだけです。
金色に輝く繊維は、砂丘の上に架かる満月の輝きを思わせます。「月光の織物」の名にふさわしい、静謐な美しさに満ちています。
ー リネンのサステナビリティ ー
オーソドックスなヨーロッパのグレーとブリーチ。
ここにエジプトのゴールドを加えることで、天然の色味だけで多彩な色柄の表現が可能になります。
コットンの茶綿や黒いアルパカ等、天然のカラーを持つ素材が注目されています。リネンもまた同様に天然色を選べるのです。
ヨーロッパ産フラックスのキナリと、エジプト産フラックスのキナリ、ブリーチによる無染色チェック
リネンはそもそも極めてサステナブルな素材です。
原料であるフラックスの栽培においては、二酸化炭素を吸収し、灌漑も必要とせず、農薬や肥料もほとんど使用しません。また原料加工から紡績にかけての生産過程で発生する外皮や種、短繊維などの副産物もほぼ捨てることなく再利用されるシステムが構築されています。
さらに無染色で生地が生産できるということは、染色工程に係わる化学薬品とエネルギーの使用を抑え、水資源の節減にもつながります。環境へのインパクトを大きく減らし、リネンのサステナビリティを一段階押し上げることが可能です。
そして、そういう難しい理屈より何より、3色のナチュラルカラーだけで構成されるこのリネンは、エジプトのフラックス特有の素朴な風合いも相まって、一つの素材としてとても魅力的です。
エジプトのリネンは5000年の歴史を持つ古い繊維です。
そして、サステナブルであることが必要とされる現代においても、リネンの新たな可能性を提示してくれているのです。
母なるナイルの水が生み出す金色のリネン。
歴史のロマンに満ちたEGYPTIAN FLAX FIBER の世界をお楽しみください。